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2012年10月15日 (月)

生きてこそ40年ぶりの試合

1972年にアンデス山脈で飛行機が遭難し72日間後に生存者が救助された
ウルグアイのラグビーチームが当時予定されていたチリのラグビーチームと試合をしました。

高度4千メートル級の山と雪しかない山岳地帯で食料もなく45人の乗客の中
16人が生存者でした。

機体が白だったために雪山では行方不明になった後の捜索の飛行機では
発見できませんでした。

二人が10日間の下山で救助を依頼して救出されました。

その間食料はつき、同乗者のチームメイトの遺体を食べて生きたようです。

記事は
http://www.nzherald.co.nz/rugby/news/article.cfm?c_id=80&objectid=10840510

映画や本にもなっています。
生きてこそ Alive  1993年
アンデスの聖餐 1975年

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