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2019年8月 5日 (月)

大東大はトンガ人の前に1970年代前半、NZからラグビー留学生を受け入れたことがあります。

トンガからホポイ・タイオネとノフォムリ・タウモエフォラウが大東大に来たのは
1980年ですから。

ロックのNZコルツのビル・バーテイとバックス、名前は憶えていませんが
100kgほどあるスタンドオフでした。キック力もあり突破力もありました。
その時は日本のバックスに比べて大きさに驚きました。

バーテイはNZでは普通?だったと思いますが、ラックで人をかいて
日本のレフリーに注意され、レフリーを侮辱、唾を吐いたか?
が問題となり、出場停止になりました。
195cm、95kgのFWでした。私はプレーは見たことありませんが、
試合に出れず、タッチラインで見ていました。
その後、二人はオールブラックスになることはなかったと思います。

リーグ戦では優勢だったと思いますが、松尾がいた明治には勝てなかったと思います。

大東大は試行錯誤して先駆者でしたね。帝京大より前に。
NZからでは当時はリスクが大きいということで、トンガになったと思います。

社会人ではアンガス・マコーミックがパイオニアとヘラルドに載っていましたが
東芝にはオールブラックスのロックで平尾ジャパンに選ばれた人が
いますね。

ビールは売り子で。スタンドに待つより早いでしょうね。
秩父宮でも見たことあります。

カプリコーンと言うと、語感がいいですが、
何かで聞いたことがある言葉ですが
Capricorn - Feeling

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